この記事は以前noteに書いたものをよりわかりやすくしようと試みたものです。
自閉スペクトラム症の人間は「指示語」(こそあど言葉)、つまり「これ」「そっち」「あの人」のような言葉の理解が困難だとよく言われます。
私にとっても理解しづらい表現ではあるのですが、自分なりの工夫を編み出した結果、ある程度は理解ができるようになりました。「脳をフル回転させて、数少ない情報から言わんとすることを推測する」というやり方なので、脳が非常に消耗します。ですので、健康で疲労が少ない状態でしか実行できませんが、日常会話が成立しやすくなりました。その工夫について書きます。
前提知識:日常会話における指示語の使われ方
日常会話において、指示語は
- 直前の単語を示す
- 慣用表現
- その人が思い浮かべている物事を示す
という使われ方をしています。
指示語の対応
指示語にはおおまかに対応するものがあります。
もの、事象
それ
あれ
「それ」「あれ」ならだいたいは物や事象です。文脈によって人を示すこともあります。
人(ときどき物事)
そいつ
あいつ
「そいつ」「あいつ」はだいたいにおいて人です。物事を擬人化して表現していることもあります。
地名、位置、部位
そこ
あそこ
「そこ」「あそこ」なら地名や位置や部位などを表しますね。
このようなことを踏まえて、例文から指示語の内容を考えてみましょう。
指示語の使われ方 1.直前の単語を示す
例文
今朝、晩ごはんにシチューが食べたいって言ったでしょ。
うん。
あれさあ、やっぱりやめるわ。
「あれ」とは……?
あれ=「シチューが食べたい」
解説
指示語の使い方でメジャーなものは、このような感じで直近の発言で出てきたことを示すものです。
指差しているもの、目線の先にあるものなどを示している場合もありますので、相手の様子を見てみるのもいいかもしれません。他の人の発言に関連している場合もあります。他の人が言った物事に関して「それさあ……」などとコメントするような場合ですね。
文章読解とだいたい同じなので、少し頭を使えばわかるという人もいるのではないかと思います。
指示語の使われ方 2.慣用表現
例文1
体に気をつけてアレしていってね
〇:「ご自愛ください」のような意味
×:「アレという行動を体に気をつけながら行う」
例文2
うまくアレしてね
〇:「うまいことやってほしい」「成功してほしい」「いい塩梅にやってほしい」「ほどよい加減でやってほしい」
×「アレという行動を上手に行う」
解説
私が慣用表現と表したものは、「うまくアレする」のような表現のことです。このような表現は、なんのことかわからないと感じる人も多いのではないでしょうか。
私の個人的な解釈は、「アレする」という慣用表現があり、「あれという指示語の内容の行為をする」という意味ではないというものです。具体的に何かを示すわけではない「あれ」が日常会話においては存在します。
はっきりと言いづらい行為の婉曲表現(遠回しな表現)である場合もありますので、文脈によるのですが、具体的な内容が無い指示語も存在するということを覚えていると、意味不明な指示語を深く追及せずに済みます。
婉曲表現の例
憎いあんちくしょうをアレしてやる。
この場合のアレする=直接表現しづらいようなことをする(殺す、復讐する等?)
指示語の使われ方 3.その人が思い浮かべている物事を示す
例文1
昨日のあれ、どうなった?
あれ=昨日やっていたことなど。
例文2
あいつ、どこに行ったのかな。
あいつ=どこかに行ってしまった誰か(何か)
例文3
これをハサミでアレして。
アレする=ハサミで普通するようなことをする(切る)
パッと言葉が出てこなくて「アレ」で片づけようとした感じですね。
解説
これは最も理解しようのない使われ方であると思います。「この間のあれさあ」などと言われても、なんのことだ、という感想しか出てきません。
しかしながら、それは実は自閉スペクトラム症でなくても同様で、一発で通じ合うような人たちはそうそういません。わからなかったとしても劣等感を感じる必要はありません。
不明瞭な表現が一発で通じる場合、「ツーカーの仲」などと言われます。
特別に呼び名があるような特殊な状態ということです。
ですので、唐突に指示語で発言が始まったときなどは「なんのことだよ」と言うのを耐えて、もう少し話を聞いてみるのが無難な対応です。相手も話が通じてなさそうだと思えばもう少し詳しく話そうとしてくれます。
そのうちに厳密な表現がでてきて、なんのことかの特定ができる場合があります。もし自分なりに頭に浮かんだものがあれば、それが合っているか質問してみるのも良いでしょう。
(例)
うちの猫の話で合ってる?
思い当たらない場合には「ごめん、なんのことだっけ…」というような「話が通じなくてごめんなさい」という姿勢で話の内容がわからないとアピールすると、さほど気分を害さずに教えてもらえる可能性があります。
理解する努力をしてみる
もし理解したいのであれば、もう少し推察をすると理解できるかもしれません。
唐突な指示語には「その人との間に最近あった出来事」を思い浮かべると答えがあるかもしれません(ないかもしれませんが)。その人が関心を持つ話題をもし知っていれば、ニュースなどと重ね合わせることで正解が出てくる場合もあります。
例1の場合
昨日のあれ、どうなった?
何か途中にしていることがある……?
「昨日のあれ、どうなった?」と聞かれた場合、発言者が状況を知りたくなるような何事かを自分が知っているはずです。
- 昨日任された仕事?
- 自分が昨日取り組んでいたこと?
- 昨日大きく話題になって先行きが気になるようなニュース?
自分が知っているはずと相手が思っているだけで、自分は実際には知らないという場合もあるので、全くピンとこなければ「あれって何でしょう」と聞いてみるのも手です。
例2の場合
あいつ、どこに行ったのかな。
いるはずの人がいない……?
発言者が行先を知りたくなるような人などがいるのかもしれませんね。その場の状況(場所、時間帯など)も合わせて考えると、答えに近づくかもしれません。
- 仕事中なら、休み時間でもないのに職場に戻ってこない同僚?
- 友人グループで外出中なら、はぐれてしまって行方の知れない人?
例3は簡単なので省略します。
まとめ:指示語の理解は完璧でなくてもよい
指示語が示す内容は、完全に通じていて会話が成立している場合もありますが、雑談においては
- 「わからないが、わかったことにして適当に相槌を打っている」
- 「わからないが、わかるまで根気よく聞き役に徹している」
- 「わからないので、自分の思い浮かべたものと合っているか聞いてみる」
のような対応で会話が進んでいることがあります。
一方、完璧主義で生真面目な自閉スペクトラム症の人たちは、
あれって何?
そこってどこのこと?
といちいち質問をして完璧な理解をしようとしがちです。私もよくやりました。
会議など、情報の行き違いがないほうが良い場所ではそれでもいいのですが、雑談においてはそのような反応は好まれません。
というのも、定型発達者は雑談においてはさほど脳を使っていないらしいのです。「深く考えずに話している、深い意味のない会話」というのが雑談なのだそうです。
雑談では指示語の内容が重要なのではなく、何か言いたいということが重要なので、指示語を追及するよりは「相槌を打ちながら話を聞く」というほうが無難な対応かと思います。
よくわからない話を聞くという行為は非常にモヤモヤしますが、詰問調になって事を荒立てるよりは、我慢して聞き役になるほうが、人間関係が不必要に悪化することを防ぎやすくなります。