誰もが一度は悩み考える「生まれてきた意味」

二次障害(うつ病、不安障害)
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この記事は旧ブログ(削除済)の記事をリライトして書き足したものです。元記事投稿日は2015年3月9日です。

生まれてきた意味はある

私は「生まれてきた意味はある」と考えています。「生まれてきたことに意味や理由などない」と考える人もいるようですが、私は「何か意味・理由があって、皆生まれてきた」と今は考えています。

子供の頃の、いじめられ不登校だったり家族とすれ違いばかりで上手くいかなかった頃から、去年うつ病が治る少し前まで、

白崎
白崎

どうして自分は生まれてきてしまったんだろう。生まれてこなければよかったのに……

白崎
白崎

生きていても楽しくない。人生には苦しみしかない。死にたいのではなく、生まれてきたという事実と自分の存在を消したい。

白崎
白崎

自分はなんのために生まれてきたんだろう。それを見つけられたら生きることを楽しいと思えるんだろうか。

と頻繁に考え、悩み、苦しんでいました。

人にはミッションがある。私のミッションは……

それとは別に、高校がミッションスクール(キリスト教系の学校)だったこともあり、私には少しキリスト教的な考え方があります。「人には神から与えられた使命(ミッション)がある」という考え方です。

自閉スペクトラム症成人当事者の会の運営活動、当事者活動、出版に向けた活動、自閉症支援を仕事にしている人たちとの交流などを通してぼんやりと考えているのは、自分の「生まれてきた意味」「ミッション」のことです。

声を大にして自分たちの存在をアピールできない(する気もない)「一般人」の自閉スペクトラム症の人たちが、自分たちから派手なアクションを起こさなくてもごく自然に社会に受け入れられて生活しやすくなっていくように、啓発活動をする側に回ること。自閉スペクトラム症の人たちで、生きているのがつらい、苦しいと感じている人たちに癒しや楽しみを提供すること。そういうことが、自分の生まれてきた意味で、ミッションなんじゃないかな、と最近思っています。

一般人の自閉スペクトラム症の人たちは、啓発活動なんて一切望んでいないかもしれません。ましてや私が代弁するなんて願い下げかもしれません。

ですが、自閉症スペクトラムという事柄の正しい理解が広まらないと、カミングアウトもままならず、ひっそりと「自分は自閉スペクトラム症である」という秘密を抱えて、それを隠して「偽りの自分」で生き続ける道しかないことになります。

私は世の中が「自閉スペクトラム症であることを明かしても、そのこと自体でのトラブルは少ない社会」になればいいと思っていますし、自閉スペクトラム症の人に限らず、目に見えない障害・見える障害に限らず、何らかの「社会の中で生きづらい理由」を持つ人たちがもっとリラックスして平和に暮らせる社会になったら、もっと皆が幸せになれると思っています。

「アスペ」(アスペルガー)や「発達(障害)」が侮蔑語ではなく、「おっちょこちょい」「引っ込み思案」などと並ぶような「個性を表す言葉」のひとつになればいいなと思います。そのくらいに自閉スペクトラム症という概念が社会に浸透してほしいです。そして、自然体で社会の中に溶け込んで生きていきたいと私は思っています。そういう社会を目指すための何らかの活動をするのが、自分の使命のように、今は思っています。

あなたにしかできないことが、きっとあります!

これは私が個人的に考えた個人的な「生まれてきた意味・理由」で「ミッション」ですが、他の人たちにもこういった「使命」のようなものは必ず何かあると思います。

それはすごく小さなことかもしれません。家庭の平和を保つことだとか、毎食きちんとご飯を作ることだとか、そういうもう既に実践している、当たり前で自然でなんでもないようなことが「使命」という人もいると思います。

自営業などの小規模な仕事で、地域をちょっと元気にする、そういう「使命」もあるかもしれません。大きな企業や研究所などで便利な発明品を作って世の中を便利にしていくのが「使命」という人たちもいるでしょうし、伝統工芸を廃れたり途絶えたりしないように引き継いでいくことや、新しい芸術活動をすること、世界平和のための努力をすることなど、大きなテーマが「使命」という人もいると思います。

人それぞれ、その人に合った使命や天職があると思います。

私の身近にも、逃れられない運命のような天職を持った人や、自分の大好きなことが自分に向いている仕事だという人など、使命を既に発見して取り組んでいる人がいますが、そういう人たちは少数派で、「自分はどうして生まれてきたんだろう」とか「自分には何ができるのだろう」と悩んでいる人のほうが圧倒的に多いように感じます。

ですが、そう悩んでいる人たちにも、今はまだ見つけられない使命や天職が何かきっとあると思います。使命や天職を見つけられないまま一生を終える人も少なくないと思います。皆さんが何か使命や天職を見つけて取り組んでいけるように祈っています。

何はともあれ、当事者の会の運営にプレッシャーを感じて悩んでいたときに、同じく当事者の会を別の地域で運営している人生の先輩が「あなたにしかできないことがあります!」と言って握手してくださったのは、今でも私の心の支えです。

私にも私にしかできないことがあるように、皆さんにも皆さんそれぞれにしかできないことが、何かきっとあるはずです。それは毎日玄関の掃除をするというような些細なことかもしれませんが、それでもきっと何かあるはずです。

あなたにしかできないことが、きっとあります!

……と以前は思っていたが

ここまでは2015年3月9日に書いた記事でした。

ここで私が2018年12月17日に書いた『「生まれてきた意味」「自分の価値」』というnoteを見てみましょう。

ではうつ病が治って数年経ち、ポジティブ思考が板についてきた最近の私がそれらについて考えるとどうなるのかと言いますと、
・自分が生まれてきた意味:偶然生まれた(意味はない)
・自分の価値:特にない
です。

「生まれてきた意味」「自分の価値」

3年半ぐらいの間に、考えが変わったようですね。この記事の1年弱あとの現在(2019年10月4日)も、同様の考え方です。

これは一見するとネガティブな方向に変わったように思えるかもしれません。ですが、そうではありません。

最近の私は「生まれてきた意味も、生きている価値も、特に無くても生きていていいと思っている」のです。
強いて言うなら「この世に生まれ落ちた時点で生きる権利がある」でしょうか。意味も価値もなくても、権利があるので生きてていいのです。

「生まれてきた意味」「自分の価値」

最近の私は、自分にミッション(使命)があるとは思いたくもないです。この世に果たさなければならないことがあるとは思いたくありません。そんな最近の生き方は、今までの人生で一番人生を楽しめています。

「ミッションがある」「やらなくてはいけないことがある」という考え方は、今の私は好きになれません。

白崎
白崎

だって、ミッションコンプリートしたら、生きる理由がなくならない?

まぁ理由がなくても権利があるので生きていていいのですが、

白崎
白崎

義務感で生きるの、イヤじゃない?

今は人生を楽しみたい

「使命があるんだ」と思っていたころは、まだ「理由・価値がないと生きていてはいけない」という考え方をひきずっていたように思います。

そしてそのころは、肩肘を張った生き方だったように感じます。

最近の私はのびのびとやりたいことを楽しみ、人生を楽しんでいます。そういう今の生き方が、私は今までで一番好きです。気負わずにやりたいことをやりながら楽しんで人生を生きられるようになって、とても気楽になりました。

などと言いながら、上のほうで自分のミッションと書いた「自閉スペクトラム症の人たちで、生きているのがつらい、苦しいと感じている人たちに癒しや楽しみを提供すること」を実現しようとして動いているのも現在です。そう考えると、やはりあれは本当に私のミッションなのかもしれません。

白崎
白崎

でも、ミッションだと思わずに楽しんで生きるよ!!

今は苦しみの中にいる人たちにも、きっと人生を楽しいと思える日が来ます!

書いた人:
白崎やよい

発達障害、特に自閉スペクトラム症(アスペルガー症候群)と診断されています。30代です。肉体の性別に違和感がありFtXなのではと思っています。道具やサービスを使って自分の生活を改善しながら、気になった情報を雑多に発信しています。著書「アスペルガーだからこそ私は私」発売中です。

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以前書いていたブログ「他者と私とアスペルガー症候群」の記事を抜粋し読みやすく書き改めたもので、6年近い自己分析の集大成です。
母から見た生育歴、母と私のすれ違いを解消した記録もあります。自閉スペクトラム症の子と定型発達の親のすれ違いが両方の視点から読める本です。

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