性自認が長年はっきりしなかった理由についてまとめた(FtM視点)

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私は長いことFtXとして生きてきて、最近になってやっと自分の性自認を「男と思っていいのではないか」と思い始め、FtMと思うようになりました。

まだホルモンも手術もしていないので(ノンホルノンオペと言うらしい)、厳密にはFtMではないのかもしれませんが……。

自分を男だと思っていいと思えたのは、実に36歳になってからです。今回は自分の性自認がはっきりしなかった理由と、男と思っていいと思えるようになった理由をまとめます。

自分の性自認がはっきりしなかった理由

まずは自分の性自認がずっとはっきりしていなかった理由から。

はっきりと性自認が存在していなかった

私は長年「自分は男だ!」とも「自分は女だ!」とも思ったことがありませんでした。

「自分は生物学上は女だ」ならば思ったことはあります。それは事実ですからね。

ですが、心の性別の自覚ははっきりしていませんでした。

トイレの違和感がない

「性同一性障害(性別違和)といえばトイレの違和感」というテンプレがあると思います。肉体の性のトイレに入りづらい感覚のことです。

が、私はあまり自分の行くべきトイレについて違和感がありませんでした。

白崎
白崎

女子トイレがイヤでない自分は、性同一性障害(性別違和)の当事者ではないのだろう。

こう思っていた時期がかなり長いです。

恋のような憧れの対象が性別不定

性指向(恋愛対象の性)と性自認は全く関係がないそうです。ですが、それを知る前はこれもまた悩みの種でした。

男性に恋のような憧れを抱いたこともあれば、女性に対してもあります。

そして「女性の場合、同性に恋のような憧れを抱くことがあり、同性愛的感覚が身近」という説を信じており、そういうものなら自分は普通の女性で異性愛者なのだろうか……と思っていたのです。

「胸があることがイヤ」を性自認も肉体も女性の人に同意されやすい

肉体の性への違和感のひとつが「胸があることがイヤ」なのですが、それを話すと、同意されることがあります。

Fな人
Fな人

私もイヤ! 男の人にいやらしい目で見られるし、バカだと思われるし。大きい胸ってイヤだよね!

こんな感じで。そしてだいたい「もっと胸小さくなりたいよね」と言われたりするのですが、そうじゃないんですよ。

白崎
白崎

バストじゃなくてチェスト(胸板)になりたいんだよな……。

そう思いつつも、「胸が大きいことが誇らしい」という女性ばかりではないので、自分の感覚も「女性」のうちなのか? と思う部分があったのです。

「妊娠・出産願望がないのは普通」と言われやすい

私は高校が女子校だったので、同窓生は必然的に女性が多いです。その同窓生たちが次々にママになっていく中、「自分が出産なんて想像できない」と言ったことがあります。そうしたら、

  • 「私もそうだよ。出産して母になるなんて思ってなかった」
  • 「自分が結婚すると思わなかった」

等々、「妊娠・出産をさほど望んでいなかったが母になった人たち」の声を多数聞くことになりました。「産みたくて産みたくて産んだ」という人もいるにはいますが、少数派のように感じます。

私に妊娠・出産願望がないのは、根本的にその発想がないからであり、無理やりに表現するなら「自分に妊娠する機能があることがおかしいから」なのですが、結婚してママになった人たちから「自分もそうだったのよ~」などと言われると、

白崎
白崎

そういう出逢いがあれば、自分も妊娠する気が起こるものなのか……?

と思ってしまいました。20代のころは本当に「そんなものなのかなあ」と思っていました。結ばれたい相手と出会っていないだけかなと。

36歳にもなるとさすがに「出逢いの問題じゃない」と気づきました。

と言いますか、男性との結婚を望んでいたらできてただろうなと思う出逢いはいくつかあったのです。する気がなくて発展しませんでした

着たい服がレディースファッション

メンズファッションを着ていた頃もありますが、私にとって、着ていて楽しい服、着たいと思う服はどちらかというとレディースです。それは子どもの頃から変わらず、制服のスカートもさほど抵抗がありませんでした。スーツ・ネクタイを着ることへの憧れもあるので男子のブレザーも羨ましかったのですが、スカートもまあそれはそれでいいか、と。

なので性同一性障害(性別違和)の人たちがよく言う「制服のスカートがイヤだった」というテンプレに当てはまらないのです。

服装の性別は性自認や性指向とまた別らしいですが、そのことをはっきり感じたのはここ数年のことなのです。

性自認を男だと思ってもいいと思えるようになった理由

次に「自分は男だと思ってもいいんじゃないか」と思い始めた理由についてです。

女性への恋愛感情を「同性愛」と思えないから

私は人生の中で何度か女性に恋愛的な興味を抱いたことがあります。

でも、女性を同性と感じません。「同性愛ではない」と感じます。この感覚は一説によるとFtMあるあるらしいです。

いや、男性も同性とは感じないんですが、まだ男性のほうが同性に近いような気がします。女性よりは……。そのぐらい女性が異性という感覚があるのです。

子宮の病気の可能性を考えたとき、舞い上がってしまったから

以前こちらのnoteにも書いたのですが、子宮体がんの前段階の症状かもしれない疑いでMRIを撮ったことがあります。

子宮体がんなら子宮切除となる可能性もあるそうです。それを知ったとき、

白崎
白崎

子宮がなくなるかもしれない! 体よくお別れできるかもしれない! ハッピー!

とテンションが上がり、MRIで全く異常がなく健康そのものとわかったあとには、

白崎
白崎

これ、とれないんだ……。なくならないんだ……。

と、がっかりしてしまいました。「女じゃなくなるのでは」と悩む人もいるくらいの子宮切除ですが、本心から楽しみになってしまったことが、「自分の性別は女じゃない」と納得できる機会になりました。

女性扱いされると苦痛

ファッションに興味を持ちレディースファッションについて学び、似合うレディース服を身につけるようになったところ、知人から「女になった」「女の子っていいわね」などと言われるようになりました。

それが嬉しくもなんともないどころか、苦痛が強かったため、自分は女扱いを受けたくないのではないかと考えるに至りました。

思い当たる節は学生時代からありましたが、その頃は耐えていたように思います。が、「着たい服を来て『女だ』と言われることが非常にツライ」と感じました。

起業セミナーに行っていたころは、講師が「これからは女性起業家の時代だから!」とこっちを見て話すことがとても疑問でした。後ろに女性の人がいたんでしょうか?

男扱いされると嬉しい

私はネット上で声も顔も名前もわからない状況にあると、男性に見えることがあるそうです。男性として振る舞おうとしたわけでなく、ごく普通にしていただけです。強いて言うなら性別がはっきりわかる発言は避けてはいました。(「生理来ちゃった」とかですね)

そんなときに男性として扱ってもらうと、なんだかとても嬉しいのです。「上手く騙せたぞ!」という喜びではなくて、素でいられて、素を認めてもらえた喜びという感覚です。

生物として「男」だと感じる

私は性行為の経験がありませんが、想像の範囲では無意識に望むのは攻とかタチとか言われる側です。特に男性相手の想像で顕著です。

女性相手の想像だと、自分の肉体が自然に男性になっており、なんだかおかしいなーと感じることになります。実現できないなあ……と。夢に見るときも大抵自分は男性の肉体を持っているのです。

そのほか、

  • 子宮切除の可能性が嬉しくなったこと
  • 妊娠・出産を自分がする発想がないこと(人にしてほしいと思ったことはあります)

などなどから、自分は生物として男なんだなと感じます。私の肉体は生物学的に女性なのですが、私が生物として感じる自分の性別は男性なのです。ややこしい。

「性的な空想をすると自分の体が男」という話は有料noteにもう少し詳しく書きました。

性自認のまとめ

結局のところ、私の性自認は「男性なんだけど、服装など女性的な趣味が少しある」という感じの認識が近いです。

詳しく書くと、

  • 肉体:女性
  • 精神:男性
  • 服装:どちらかといえば女性

です。また性的指向は、「原則として女性であり、ときどき例外がある」という感覚です。なのでポリセクシュアルなのかな……?(参考資料:【LGBT用語解説】パンセクシュアルとは?【バイセクシュアル・ポリセクシュアルとどう違う?】

結局は以前このnoteに書いたときと変わっていませんね!!

自分の考えがかなり発展した感覚があるのに、約1年前のところに戻ってくるとは、これいかに。

上記noteの時点では「自分が男性の気がしつつも、堂々と人には言えない」という状態でしたが、現在は「自分は男性だと思います」と言えるようになりました。男性扱いしてもらえるかは全く別の問題ですけれども。

余談

「性同一性障害とは、自分の性別へのこだわりが非常に強い障害」と表現している当事者の人がいました。以下の記事です。

それを見て、

白崎
白崎

まさしくそうだ。自分もめっちゃこだわるもの。

と非常に納得しました。いや、私は診断は受けていませんけどね。

私の身近にいる「肉体の性に違和感を感じたことがない人」は、「いちいち性別を意識することはない」と言います。自分は女だからとか、誰それは男・女だからとか、いちいち考えないと。トイレも「女だから女子トイレ」ではなく「こっちに行くものと決まっているから」という感じだそうです。

違和感を持つ身からすると「なんて性別で区切られた世の中なのだろう」と感じるのですが、違和感がない人からするとそんなことはないようです。世界は広い。

書いた人:
白崎やよい

発達障害、特に自閉スペクトラム症(アスペルガー症候群)と診断されています。30代半ばです。肉体の性別に違和感がありFtMだと思っています。道具やサービスを使って自分の生活を改善しながら、気になった情報を雑多に発信しています。著書「アスペルガーだからこそ私は私」発売中です。

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母との共著の本「アスペルガーだからこそ私は私―発達障害の娘と定型発達の母の気づきの日々」生活書院様より発売中です。
以前書いていたブログ「他者と私とアスペルガー症候群」の記事を抜粋し読みやすく書き改めたもので、6年近い自己分析の集大成です。
母から見た生育歴、母と私のすれ違いを解消した記録もあります。自閉スペクトラム症の子と定型発達の親のすれ違いが両方の視点から読める本です。

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